前回の記事では「無理に答えを出す必要はない」と題して、写真の見方についての考察をお届けしました。
今回はその続きです。
今、この時点で感じたことが本当に正解なのか
前回の記事では冒頭で
- 写真の知識や経験が増えてくると、初心者の頃とは「写真の見方」が変わってくる
というお話をしました。
具体的には、「知識や経験が増えた分、目がいくポイントが増える」ことをその理由の1つとしてピックアップしました。
――が、そうなった際に、まったくの初心者のころに感動した写真をあらためてみてみると、「あれ、こんなものだっけ?」と、いまいちな印象を受けることがあります。
写真自体は同じなのに
- まったくの初心者の頃→「この写真はいい!」「すごい!」
- 知識や経験が増え始めた今→「あれ、この写真、今見るといまいちにみえるぞ」
といったように、感じ方が変化するケースですね。
こうした現象に遭遇すると、多くの人はその原因として「自分の成長」があることを考えます。
つまり、自分の成長に伴って、写真の見方も変わってきた――というわけですね。
すると、最初の頃よりも知識や経験が増えた上での「写真の見方」ですから、これが正解のようにも思えます。
……が、ここで注意したいのは、この時点で出せるのはあくまで「今の時点での写真の見方」であって、その写真に対しての答えや結論ではないという点です。
つまり、この先、さらに自分の中の知識や経験が増えていけば
- その写真の見方がまた変わる可能性がある
ということです。
そう、「まったくの初心者」から「知識や経験が増え始めた」段階でも見方が変わってきているわけですから、さらに知識や経験が増えればどうなるだろう――というわけです。
答えを決める必要はない
今回の例では「知識・経験が増えることによる変化」を主軸に置いてお話をしてきましたが、写真の感じ方はそれ以外にも変わる可能性があります。
たとえば「趣向の変化」。
これは食べ物を例にするとわかりやすいかもしれません。
- 年代によってハマる食べ物
- ブーム(世間の空気)に乗せられてハマる食べ物
- 環境や年齢などによって変わる味付けの好み
1人の同じ人間でも、その時々で「おいしい」と感じるものが変化することがよくあります。
「その時」がこなければ「あの食べ物のどこがいいんだろう?」と感じたり、ハマっていた食べ物があったとしても「その時期」がすぎれば「なんで、あの食べ物にあんなにハマっていたんだろうね?」と感じたりする――。
写真の趣向にもこうした現象に近い感覚があります。
つまり、基本的に「その写真をどう感じるか」は、時期によって二転三転するもの・あるいは二転三転して当たり前のものなんですね。
次回に続きます。