前回の記事では、【「ほかの人が基準」という考え方】と題して、自分のスタイルを見失ってしまう現象をピックアップしました。
今回はその続きです。
数字に引っ張られない
前回の記事では、「反応した人の数が表示されるシステム」について、数に感情が引っ張られる現象が起こることを書きました。
- 人間は数の大小でものごとを考える性質がある
- 数が表示されれば、自分の感情はそれに引っ張られる
こうしたことが日々積み重なっていくと、本当は数だけじゃないはずなのに、数を基準とした考え方が自分の中に定着してしまいます。
数、つまり「ほかの人」です。
この考えが強くなってくると、作品が自分のスタイルではなく、「ほかの人が反応してくれそうなもの、ほかの人にウケそうなもの」を基準とした作り方に変わっていきます。
「みんなはこういうの好きだよね?」という作り方ですね。そして、ほかの人にウケそうにないものは撮らなくなる――。
数に支配されると、次第にこうしたスタイルになっていきます。
「染まる」という考え方
上で挙げたようなケースは、絶対にNGというわけではありません。
たとえば、次のような場合なら十分にアリな考え方です。
- 売ることを意識した商業的なもの
- 仲間内でワイワイとたのしむ場合
これらのケースであれば、「みんな、こういうの好きでしょ?」というアプローチが有効でしょう。
そう、ケースによるわけですね。目的によるといってもいいでしょう。
つまり、「個人でたのしみたい」あるいは「自分の作品をたのしくアップしたい」のが目的なのに、「みんな、こういうの好きでしょ?」というアプローチは、ちょっとズレているわけですね。
……しかし、これが「数」の怖いところで、先にも述べたように、人には「数が表示されれば、自分の感情はそれに引っ張られる」性質があります。
そのため、本当は数だけじゃないとわかっている(あるいは、わかっていた)はずなのに、次第に数が基準とした考え方に染まっていくわけですね。
「押し戻す」という考え方
では、どうしたらよいのでしょう。
もっともよいのは、「そうした媒体と距離を置いていったん自分の考えをリセットすること」ですが、そうはいかない人も多いでしょう。
その場合は「染め返す」という考え方が有用です。
そもそも、なぜ「数(ほかの人)が基準」となってしまったのかを考えてみましょう。
それは
- 数に感情が引っ張られる経験を積み重ねたから
という点が大きな原因です。
そのため、最初は「数だけじゃない」と思っていたのに、次第に「数を強く意識する」ようになっていったわけですね。
となれば、その逆もアリでは?と考えます。
つまり、「数だけじゃない」という考え方をもう一度、自分に染み込ませるのですね。
やり方はかんたんです。
毎回、写真をアップする前あるいは後に、紙やノートに本来の自分の考えを書くんですね。どんな書き方でもOKです。
数だけじゃない、他人じゃなく自分の出したいものをアップする、自分の好きなものを撮る……などなど、毎回書くようにします。自分に言い聞かせるわけですね。
単純なようですが、この方法はかなり有用です。
ほぼ無抵抗で押し出されている
では、この方法はなぜ有用なのでしょう。
もう一度、「数(あるいは、ほかの人)が基準」という考え方に変わるまでの流れをみてみましょう。
- 最初は「数だけじゃない」と思っていた
- が、何度も数に感情が引っ張られるうちに、考えがそっちに寄ってしまった
- さらに続けているうちに、数が基準という考え方になってしまった
つまり、最初の考え方が、新しい考え方に押し出されてしまったわけですね。
このように書いてみると、「最初の考え方」がほぼ無抵抗で押し出されていることがわかります。
「これをもう一度、押し戻す」というのが、上で紹介した方法です。
毎回、数に感情を引っ張られるのであれば、それに負けないぐらいに最初の考え方を思い出す。あるいは自分に言い聞かせるわけです。
いったん押し出されたところからのスタートですから、最初は大変ですが、次第にそれぞれの考え方がいい勝負になっていきます。
自分のスタイルを取り戻す
「反応した人の数字を表示するシステム」を使った媒体は、人を惑わす部分もあります。
こうした媒体を利用していて自分のスタイルを見失ったときは、前回と今回の記事で紹介したように、「なぜそうなったか」を考えてみるのはとても有用です。
記事で紹介したような状況で大変な思いをしている方がいましたら、ぜひ参考にしてみてください。